関西人Yeni.の横から失礼します。vol.28

あれは2013年6月9日、ちょうど息子ポケモンの誕生日の夜、時計が21時を回ったのを待ってわたし達は外に出た。夫フローラも私もポケモンも、それぞれ手に鍋やフライパンとお玉を握りしめて。通りからはすでに近隣のアパートというアパートから夜風に乗って大音響が聴こえてくる。カンカンカンカンカンカン・・・

まだ小さかったポケモンは太鼓みたいに音を鳴らすのが面白いようで、夢中になってお玉を振り回している。フローラと私は、どんどん度を越していく王様の強権政治に対する憤りを爆発させるように鍋の底を激しく叩く。不思議に爽快な気分だ。カンカンカンカンカンカン・・・

 

 

あれからもう9年が経とうとしている。今月4月25日、トルコのゲズィ裁判判決が出た。ゲズィ事件とは、2013年5月28日にイスタンブール新市街タクスィム広場に隣接するゲズィ公園で始まり、その後一気に全国規模の反政府抗議運動へと拡大変化した市民デモのことである。ゲズィ公園の再開発計画に基づいた樹木伐採に反対する若者数人が公園にテントを張って野宿していたのを、治安当局が強硬にテントを撤去、さらにはこの国の王様の対応のマズさで市民の怒りが一気に噴き出し、瞬く間に全国に飛び火しながら大きなうねりへと発展した歴史的な市民デモだったのだ。一連の抗議運動では治安当局が容赦ない警察力で、抵抗する一般市民を抑え込もうとしたことで多数の死者と負傷者も出た。ところがそういったマイナスの場面映像を極力報道しないよう、明らかなメディアへの圧力と自主規制があって、某ニュースチャンネルなど、こんな一大事の真っ只中にシレッとペンギンの生態ドキュメンタリーを流していたのは今でも語り草になっている。抗議運動を呼びかけるツールとしてのSNSにもアクセス制限が掛かった。デモの本拠地タクスィムまでは行けなくとも、抗議の意を表明するために連日私たちがそうしたように、市民は毎晩21時になると外に向かって鍋やフライパンの底を打ち鳴らしてデモを支援したのだった。当時、日本でも頻繁に報道されていたのでご記憶の方もおられよう。

 

 

先述のゲズィ裁判では、このゲズィ事件を纏め支援したとされる人々が裁かれていたのだった。判決では、政府転覆を企てた主犯とされる人物には終身刑、支援したとされる7人には18年の禁固刑が言い渡された。なんなん・・・。当時からリーダーなき抗議運動”と言われていたが、私の見る限りそれぞれ皆自分の自由意思で参加した、いたって平和的な抗議運動だったのに。しかもデモで死亡した一般市民の刑事裁判で、容疑者への実刑判決は一つも出ていない。悪いのはデモを支持した側であって、二度と民衆がああいった抗議運動を起こさないように、見せしめのための裁判判決が下されたとしか思えない。判決を聞いた時、9年前のあの暑くて長い夜を思い出して胸が詰まった。当時デモに参加していた若者たちは、今ではいい年したおっちゃんやおばちゃんになっているだろうが、一体どんな気持ちだろう。失望か、諦めか、はたまた2023年の総選挙を密かに待っているのか。本件は確実に控訴され、最高裁判所、憲法裁判所、そして欧州人権裁判所までもつれ込む裁判だろうが、その時トルコはどうなっているだろう・・・。

 

 

 


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 読み切り![イスタンブール]/ トルコでこどもを育てています。

 vol.27 コロナ終焉                   aaaaaaaaaaindex